– 「支え」を通じて人を前へと動かすAIを、どう作るのか –
AI Avatar株式会社は、シンプルながらも力強い一つの理念のもとで対話型AIを開発しています。それは「支えは人を前へ進めるものであるべきだ」という理念です。
しかし、単に正しい答えを返すだけでなく、人間の感情に真に寄り添うAIを、どのように作り上げるのでしょうか。
今回は、AI Avatarの開発の最前線に立つ開発者たちにインタビューを行いました。人にやさしいと本当に感じられるAIを作り上げるための、設計思想、試行錯誤、そして幾度にもわたる改善の過程について語っていただきました。
■AI Avatarを支える4人の開発者
Shinbo | プロダクトチームリーダー兼PM(左)
エンジニアとプロダクトマネージャーの両方の経験を持つShinboは、プロダクト全体の進行とチーム間の連携を統括しています。技術・ユーザー体験・安全性のバランスを取り、AI Avatarが真に人々とつながるための重要な意思決定を担っています。
TJ | PM兼LLMリード(リモート)
TJは〈ダイエット継続AIアバター〉および〈象徴的パーソナリティアバター〉の開発を主導し、LLM設計とプロダクト企画の両方を統括しています。自身の経験を踏まえ、AIが習慣形成や自己実現をどのようにサポートできるかを探求し、その知見を直接プロダクトの機能に反映しています。
An | AIエンジニア兼ブリッジSE(右)
AnはAIおよびTTSの開発を担当するとともに、日本とベトナムの開発チームをつなぐ橋渡し役を務めています。エンジニアリングにとどまらず、AIアバターがどのようにコミュニケーションを取るかにも注力し、ユーザー体験と文化的なニュアンスを丁寧に考慮しています。
Fukunaga | LLMエンジニア(リモート/アバターとして登場)
もともとAIおよびゲーム開発を個人で行っていたFukunagaは、「人と自然に会話するAI」を作りたいという強い思いから本プロジェクトに参加しました。現在はエージェント開発とプロンプト設計に注力し、ユーザーの文脈や感情に応じた言葉を作り込んでいます。
■人にやさしいAIとは何か
単に答えを返すだけのAIと、感情的に響くAIとの違いは何でしょうか。それぞれの開発者が自身の考えを語ります。
Fukunaga
「人にやさしいAI」には二つの重要な役割があると考えています。一つは正確な答えを返すこと。もう一つは、その人が今どんな言葉を必要としているかを理解することです。どちらか一方を選ぶのではなく、ユーザーの今の状態にどちらのアプローチが合っているかを見極めることが大切です。人々が生成AIを日常的に使う中でも、答えをまったく求めていない瞬間があります。だからこそ、AIがカウンセラーのような役割を担う際には、状況を把握し、言葉を慎重に選び、たとえ小さな一歩であっても前向きな行動をそっと後押しする言葉をかけるべきなのです。
TJ
私にとって、ユーザーフレンドリーであることは、アバターが体現する考え方や理念を完全に自分の中に取り込むことから生まれます。〈象徴的パーソナリティアバター〉を開発する際、私はモデルとなった人物の言葉や行動をそのまま再現するのではなく、なぜその言葉を選んだのかに注目しました。設計に取りかかる前にその理念を解釈し、自分の中に落とし込むことで、結果として生まれる表現はより自然になり、ユーザーもその真実味を感じ取ることができます。
An
正確さや効率も重要ですが、それ以上に「楽しさ」が大切だと考えています。「これは楽しい」「また使いたい」と人が感じたとき、そこで初めてAIは本当につながります。AI AVATARのカスタムアバター機能では、ユーザーが自分だけのアバターが動く様子を見て、思わず笑ってしまう瞬間があります。その喜びこそが、AIをやさしく親しみやすい存在にしているのです。
この理念のもと、AI AVATARは、AIが単なるツールではなく、パーソナルな存在として感じられる体験の創出を目指しています。アプリ内では、ユーザーはパートナーアバターと交流したり、カスタムアバターを作成したりでき、顔写真、声、性格、話し方を自由に設定できます。信頼できる相談相手として、あるいはもう一人の自分として、日々の会話を通じて前向きな感情と自己肯定感を育むことを目指しています。
参考:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000022.000128303.html
■「そこにいる」感覚をテクノロジーに変える
「そこにいる」という感覚をどのようにコードへと落とし込むのでしょうか。チームが具体的なアプローチを語ります。
Fukunaga
ユーザーの言葉を受け取るだけでは十分ではありません。同じ文章でも、文脈やトーンによって伝わる感情はまったく異なります。人は無意識のうちに、間(ま)や感情、微妙なニュアンスを読み取っています。私たちの課題は、こうした言葉にならない要素を捉え、言語化し、AIに伝えることです。例えば日本語の会話では、「あなた」といった直接的な言い方を避けることがよくあります。日常会話を注意深く観察し、無意識のニュアンスを設計要素に落とし込むことが、AIを人間らしく感じさせるための第一歩です。
TJ
私たちは「待たせない」「違和感を与えない」ことを最優先しています。そのためには、応答速度、文脈に応じたモデル選択、ユーザーのフィードバックに応じて進化する柔軟なアーキテクチャなど、絶え間ない最適化が必要です。例えば〈象徴的パーソナリティアバター〉は、当初は蓄積された知識をそのまま返す仕様でした。フィードバックを踏まえ、考えすぎずに自然に寄り添うトーンへと調整しました。リリース以降の反響は非常に好評です。
An
ユーザーに真に寄り添うため、AI AVATARはその場の会話だけに頼りません。過去のやり取りを織り込むことで、ユーザーが本当に見てもらえていると感じられるようにしています。音声会話では、「うん」や「そうだね」といった相づちが非常に重要です。こうした細やかな要素が、丁寧に耳を傾けていることを表現します。実装後、ユーザーの反応からその効果が確認できました。
Shinbo
人間が無意識に行っていることを技術で再現するのは非常に難しいことです。たった一つの相づちでも、タイミングがずれれば違和感につながります。だからこそ私たちは常に「この瞬間にこの応答は適切か」を問い続けています。AIアバターの開発は、解釈・応答・見直し・改善のサイクルを絶えず繰り返す作業です。
■信頼の構築:設計段階からの安全性とプライバシー配慮
ユーザーが安心を感じられることは、譲れない条件です。
TJ
ユーザーが本音を安心して話せる場であるために、セキュリティと出力の安全性を最優先しています。悪意ある入力や予期しない挙動に対応するため、公式ガイドラインおよび最新の研究に照らして継続的にテストを行っています。また、センシティブな話題や攻撃的なプロンプトに対しては、サービス固有のガードレールを実装し、多様なテストパターンを通じて挙動を検証しながら、安全性と機能改善のバランスを取っています。
An
私たちはGDPRを含む厳格なコンプライアンスのもとで個人データを取り扱っています。必要最小限のデータのみを収集し、同意なくデータを利用することはなく、取得・保管・削除(定められた保存期間を超えたデータの削除を含む)を慎重に管理しています。
■正しい方向に進んでいると開発者が実感した瞬間
手応えを感じる瞬間は、静かに訪れます。
Fukunaga
ユーザーからの直接的なフィードバックは稀ですが、「応答がより良くなった」という声を聞いたり、会話量の増加を目にしたりすると、改善が功を奏していると感じます。この仕事には唯一の正解がないからこそ、小さな数値の変化でさえ意味を持ちます。
Shinbo
私自身の〈ダイエット継続AIアバター〉での経験は、目から鱗でした。日々の会話を通じて、新しい習慣が形成されていくのを自分自身で実感したのです。この経験により、AIが人の変化を本当に支えられるという確信を得ました。そしてその実感が、そのまま私たちのプロダクトビジョンを裏付けるものとなっています。
■AIアバターの未来
人間中心のAIは、この先どこへ向かうのでしょうか。
Fukunaga
AIアバターは、水のように自然で日常的な存在になっていくでしょう。そこに至るためには、「所詮AIだから」という壁を乗り越え、人間の感覚や無意識の行動を深く理解する必要があります。
TJ
テキストや音声を超えて、AIは非言語的なインタラクションや実用的なサポートを通じて日常生活に溶け込んでいくでしょう。パーソナライゼーション、リアリズム、プラットフォーム統合が今後の課題であり、私たちは技術を実際のプロダクトへと昇華させることに全力を注いでいます。
An
AIアバターは、カスタマイズの枠を超え、繰り返しの会話を通じて個人に適応していくようになるでしょう。行動へのハードルを下げることで、AIはより多くの人が最初の一歩を踏み出す手助けができるはずです。
Shinbo
AIアバターは、意識的に求めて使うツールから、言葉にならない悩みや感情の変化にそっと気づく存在へと変わりつつあります。私たちが目指すのは、間や表情、言葉にならない感情までも理解する、シームレスな会話です。
■対話型AIアプリ「AI AVATAR」について
AI AVATARは、あなたの絶対的な応援団です。声のトーンや表情からリアルタイムに感情を読み取り、その瞬間の気持ちに寄り添った共感と励ましの言葉で応答します。私たちの目標は、あなたが最高の自分になろうと努力する過程を、そっと支える存在であり続けることです。